(その2)帆布復元の取り組み
現代の帆布ではなく
当時の帆布をちゃんと調べてそれを復元することを
検討しませんか・・・?
神戸芸術工科大学の野口教授のこの言葉に触発された高砂物産協会のメンバーがまず着手したことは、野口教授と共に現存する松右衛門帆を探してその構成を確認することであった。
「当時の帆布」は容易には見つからなかったが、幸いにも、神戸大学の海事博物館に40cm程度の帆布が展示されているのが見つかった。同博物館のご協力を得て野口教授が帆布の構成を詳細に分析した結果、基本の糸(単糸)を経糸(たていと)として2本引き揃え(2本の糸を並行に並べること)、単糸を3本撚り合わせたもの(三子糸(みこいと))を緯糸(よこいと)として2本引き揃えて、これらを交互に組み合わせる、という平織り構造の布であることが判明した。
しかし、難儀な問題があることもわかった。
この帆布を構成する糸は、現代の規格にない糸だったのである。
「恒重式番手」という糸の太さの表し方によると、松右衛門帆に用いられている単糸の太さは3.5番手に相当するが、現代の市場には流通するのは、一番太いものでも6番手である。注)
松右衛門帆の構成を忠実に復元するためには、基本の糸を当時と同じ太さにする必要があるが、その肝心な糸を手に入れることができない。特注で糸を製作してもらうことができたとしても、それではコストが上がり、帆布から加工された製品の価格にも影響が出る・・・
基本の単糸に相当する太さの糸を入手することができないことで、復元に向けたハードルはぐんと高くなったかに見えた。しかし・・・
7番手の糸を2本撚り合わせると3.5番手相当の太さになる!
この気づきによって、上記の問題は解決した。
7番手の糸を2本撚り合わせたもの(双糸)を経糸として2本引き揃え、双糸を3本撚り合わせたものを緯糸として2本引き揃える方法(下の説明図を参照)で試作をし、一定の面積における経糸・緯糸の本数が当時の松右衛門帆に一致する帆布を織り上げることにも成功した。
筆者らも、兵庫県立歴史博物館(姫路市)において当時の松右衛門帆が展示されているのを確認する機会を得たが、その古びた帆布と高砂物産協会が製作した帆布との構成上の違いを見いだすことはできなかった。
このように、「現代の生産工程に乗せて当時と同等の構成の帆布を製作するための工夫」(野口教授談)によって、230年前の発明による松右衛門帆は見事に蘇った。
そして、現代人のさらなる工夫によって、新たな命が吹き込まれてゆくことになるのである。
注釈)
「恒重式番手」とは、一定の重さになるときの糸の長さをもって糸の太さを表すものである。
したがって、数字が小さくなるほど糸は太くなる。
取材協力
特定非営利活動法人 高砂物産協会 様
同協会 理事長 柿木 貴智 様
神戸芸術工科大学 教授 野口 正孝 様 (芸術工学部 ファッションデザイン学科 主任)
兵庫県立歴史博物館 様
参考文献
司馬遼太郎著「菜の花の沖(二)」(文春文庫)
高砂市教育委員会 編集・発行「風を編む 海をつなぐ 工楽松右衛門物語」
「高砂市の概要」(高砂市役所ウェブサイト)
「高砂市紹介」 (高砂市観光協会ウェブサイト)